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100年先の地球を見つめて
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 1947年から49年に生まれた世代(約700万~800万人)。

 過去にコンピュータシステムが突然停止してしまうと騒がれた「2000年問題」がなつかしいが、ことしから、団塊の世代が企業から大量に退職が始まることで発生する影響が懸念されるのが「2007年問題」といわれている。当初はIT分野に限って使われていたが、最近はより一般的な用語として広まりつつある。
 
 懸念される影響の一つは、団塊世代は日本の総人口に占める割合が多く、引退による影響が大きいと見られること。
 もう一つは、団塊世代には日本の情報化における黎明期を担ってきた人材が多いことだ。

 大手企業におけるコンピュータの導入が本格化したのは、1960年代後半から70年代にかけて。そのとき第一線で基幹システムの導入を担ったのは、当時20代から30代だった団塊世代の社員である。その多くは、以後もシステムの刷新や拡張に携わり、企業の情報化を担う人材として重要な役割を果たしてきた。そうした人材の一部は、すでに第一線を退きつつある。すでにこの問題は顕在化しつつある。

 2007年問題が発生すると、どんな影響を及ぼすのか。予測されるのは大きく二つのタイプに分かれるといえる。

 一つは、システムの保守が困難になること。例えば、既存システムの中身がわからなくなってしまい、トラブル発生時に事態を収束させるのが困難になる。或いは、システムを改修したり再構築する際の現状調査に余計な時間を取られる、といった事態が生じる。たとえドキュメントが残っていたとしても、メンテナンスがきちんとされてなかったり、他人が理解できないような記述になっているケースは意外に多い。

 もう一つは、企業全体のスキル・バランスが崩れる。スキルを持つベテランが引退の時期を迎える一方で、若手が育っていないといった状況を招く。システムの全体計画やプロジェクトの指揮といった総まとめ役を団塊世代が継続して担ってきた影響は大きいといえよう。

 だが、業界の一部では「ベテランが持つメインフレーム時代のノウハウなど、オープン系隆盛の時代にはほとんど役に立たない。だから2007年問題など、そもそも存在しない」といった意見がある。

 また、「基幹システムの再構築が完了すれば、2007年問題は一件落着」との見方もある。実際、2007年問題の対策を早急に施そうと考える企業は少ない。

 この問題が指し示しているのは、体系的な人材育成策が存在しない、システムの安定稼働が特定の担当者に依存しているといった、IT組織における施策のまずさである。この問題をきっかけに、ベテランから若手へのスキル継承に取り組む企業や、ドキュメントの整備方法を見直す企業も徐々に増えているようだ。

 20世紀は戦争の時代といわれ、21世紀に入ってすでに7年過ぎようとしている。だが、形態は変わっても戦争はいつまで経っても終わろうとしない、人間の愚かさよ。

 2007年を迎え、はや、お正月、成人式も過ぎ、もうすぐ卒業式。
 団塊の世代も、もうすぐ卒業は間近かということか。本当にお疲れ様でしたと言ってあげたい気持ちです。

 それにしても、本当に時間の経つのが早く感じる今日この頃です。
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 愛する人を、守りたかった。

 『あん子達は、本当に輝いておられもした』

 昭和19年秋、太平洋戦争で圧倒的劣勢を強いられていた日本軍は、戦闘機に250キロの爆弾を搭載して敵艦に体当たりする特別攻撃隊を編成。本来なら未来を担うべき若者たちの尊い命が多数失われていった。

 特攻隊の基地のあった鹿児島県知覧で軍の指定食堂を切り盛りしていた鳥濱トメさんは、家族と離れて出撃を待つ若者たちに母親のように慕われた人だった。トメさんは、大切な着物をコメや魚に代え出撃前の隊員たちに御馳走し、深夜の飲食は違反だと憲兵になぐられながらも「明日死ぬ人たちじゃないか。私はどうなってもいい」と言ってやめなかった。
そして彼女は、人に明かせぬ彼らの悩み悲しみ或いは、恐れを聞き取り続けることになったのである。

 10年ほど前、知覧へ行ったのを思い出します。

 開聞岳の方角へ、翼を左右に振って別れを告げ飛び立っていく特攻隊員の光景が目に浮かぶようです。

 死んだらホタルになって会いに来ますと言った特攻隊員の話も聞いたことがあります。

 「男たちの大和」「硫黄島の手紙」に続く期待の映画です。
 14歳で祖国オーストリアからフランスへ嫁ぎ、18歳で王妃に即位したマリー・アントワネット。

周囲のやっかみや世継ぎをめぐるプレッシャーと闘い、自分らしく生きる道を探しながら、激動のフランスを駆け抜けた伝説の王妃…。

 18世紀最大のセレブ、マリー・アントワネットの、王妃としてだけではなく、妻として、母として、そして、ひとりの女性としての生き方が、共感を呼ぶ。


【プロフィール】
 1755年11月2日、偉大な君主として知られるオーストリア大公マリア・テレジアの、15番目の末娘として生まれる。フランスとの同盟維持、娘を大国フランス王妃にするという母の野望で、マリーはわずか14歳で単身フランスに渡り、ルイ(のちの16世)と結婚することになる。

【ルイ16世】
 1754年8月23日生まれ。兄に先立たれ、続いて1765年に父が死去した時に王太子となる。狩猟と錠前作りが趣味の内気な青年は、マリーと結婚してからもなかなか打ち解けず、彼の身体上の都合もあったが、本当の意味での夫婦になったのは結婚してから7年経ってのことだった。
 1月3日、第83回箱根駅伝復路(5区間109.9キロ)は、日体大が、ノロウイルスの直撃を乗り越えて奮闘した。アンカー竹中選手(3年)が東洋大の尾田選手を振り切り、ゴールに滑り込んだ。24年ぶりのVは逸したものの、前回の9位から4位に順位を押し上げた。

 昨年12月上旬、5区を走ったエースの北村選手(3年)をはじめ2区の保科主将(4年)、6区の石谷選手(2年)、9区の高橋選手(3年)と主力選手が次々とノロウイルスにかかり、横浜市内の寮に住む12人が感染。病原菌のまん延を防ぐため自室に1週間も“隔離”され、全体練習を再開したのは12月中旬を過ぎてから。

 それでもメンバーを変更することなく本番に臨み、往路は3位。6区の石谷選手は、山下りのスペシャリスト末吉選手(日大)に抜かれ、その後抜き返したが、再度抜かれながらも区間5位の健闘。7区の鷲見選手(4年)は区間賞。1年で1区区間賞など3年連続スターターを務め、今回初めて7区に回ったが、大健闘の走りだった。

 レース後、別府監督は「もっと上で戦えるよう頑張っていきたい」とコメント。北村新主将は「誰をメンバーに選ぼうか迷うくらい層の厚いチームにしたい」と抱負を語る。60年連続60回目の出場となる記念すべき2008年は、ぜひ10回目のVで華を添えてほしいものだ。

 3日、復路6区の石谷選手(2年)は、水頭症という難病を抱えながら箱根の山下りに挑んだ。 水頭症は脳内に過度の髄液がたまる病気。石谷選手は、生後2か月で体内に管を埋め込み、液を頭部から腹部へ流す手術を受けた。日常生活に支障はなく、サッカー以外は自由に運動に取り組んできた。

 中学から陸上を始め、神奈川・藤沢翔陵高3年で全国高校駅伝に参加。だが、レース当日の朝、頭痛を感じ始め、少しずつ意識が薄れていった。生後から使い続けた管に、不具合が生じたためだった。 1区に予定したエースの急変でチームはやむなく棄権。石谷選手は管を取り換える手術を受け、意識を取り戻した病床で、悔し涙を流した。

 「陸上をやめようとは考えなかった。この悔しさを大学で晴らそう」。目標を箱根駅伝に切り替え、今年6区に選抜され、見事区間5位の快走を演じた。

 レース後「同じ病気をもつ人たちの少しでも励みになれば」と語った。
 きょうは、正月最後の休日。帰省ラッシュも今日がピークとのこと。

天気もいいので、熱田神宮へ初詣に行ってきました。熱田さんへ参拝したのは何十年前だったかわかりませんが、過去2~3回は参拝していると記憶しています。一番近い駅は、名鉄神宮前。次に地下鉄神宮西駅。JR熱田駅は一番遠いような気がしました。TOIKAを持っているのでJRで行きました。特別快速はいつも止まりませんが、今日は臨時停車したのでたすかりました。

 昨年は伊勢神宮へ初詣に参拝したせいか、境内が何だか狭く感じ、本宮の200メートル程前から大変混雑し参拝までに1時間ほどかかりました。途中、屋台が両サイドにいっぱい立ち並び、立ち食い客も多く、お伊勢さんとは随分違った感じでした。

家族の健康を祈願し、帰りにJR高島屋の10階で開催されている相田みつを展をみてきました。昨年JR高島屋で買い物した際、サービスで2名分もらったものです。ファンがいっぱいでなかなかの盛況でした。実は今日はこちらがメインで来たようなものですが…。ちなみに今月の8日まで開催しています。

 DVDがほしかったのですが、チョピリ高いので本を買いました。

「相田みつを」こんなに、人間らしい人は数少ないのではないのでしょうか?亡くなって15年経った今でも大人だけでなく、いまでは子供にも大変人気があります。

 最後に、数ある作品の中からのひとつを紹介して終えたいと思います。

  いちずに 一本道
  いちずに 一ツ事

かんのんさまに助けられ
ほとけさまに守られて
曲がりなりにも一本道
迷いながらも  一ツ事

         みつを

明日から仕事始め。本当にあっという間のお正月でした。
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プロフィール
HN:
Sachan
年齢:
118
性別:
非公開
誕生日:
1906/10/06
職業:
芸能
趣味:
ピアノ
自己紹介:
生年月日 1906年10月6日
出身地 岐阜県
血液型 A型
身長 160cm
スリーサイズ B78cm,W58cm,H83cm
好きな食べ物 和食
好きなスポーツ バスケットボール
特技 ピアノ

★出演映画一覧
● 山崎 貴監督作 「ALWAYS 三丁目の夕日」 星野六子役 出演(2005/11/5公開)
● 堤 幸彦監督作 「TRICKトリック -劇場版2-」ゲスト美沙子役(2006/6/10公開)
● 麻生 学監督作 「着信アリ ファイナル」 主演決定!!(2006年初夏公開予定)
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